4.2 日本の支援方針と実施事業
4.2.1 実施内容と支援方法の組み合わせ
インドネシアではアジア通貨危機後、経済困難、社会危機、政治的混乱、地方分権化がほぼ同時に発生した。このような状況のもと、日本のインドネシアへの支援は経済の安定を図ることに大きな力が注がれた。具体的には、素早く実施することができ、使用方法も柔軟性の高いプログラム借款、ノン・プロジェクト無償を中心とした支援が行われた。
表4-1は1997年度から2000年度までの日本のインドネシアに対する支援をまとめたものである。このうち色付けされた項目は、アジア通貨危機支援のために実施されたプログラム借款、ノン・プロジェクト無償、新宮沢構想、特別円借款に基づく支援であり、それ以外はこれまでの援助の延長として実施されたものである。
1998年度から2000年度までにインドネシアに供与することが決定された円借款は11件であった。そのうち7件がプログラム借款であり、円借款の全額(6,127億円)に占める割合は86パーセントを占めていた。特に1998年は「セクター・プログラム・ローン」と新宮沢構想に基づくプログラム・ローン2件で前年の支出額を上回る2300億円が供与された。翌年の1999年もプログラム・ローン1件のみ支出された。2000年度からはプロジェクトへの借款が復活している。また、特別円借款は1件、新宮沢構想に基づく借款は3件であった(3件ともプログラム借款)。
年度 | 有償資金協力 | 無償資金協力 | 技術協力 | |||
1997 | 合計 | 2,152 | 合計 | 93 | 合計 | 123 |
年次供与(19) | 1,952 | プロジェクト無償(5) | 39 | 研修 | 721人 | |
SPL | 200 | 草の根無償(34) | 2 | プロ技 | 27件 | |
緊急無償(2) | 40 | 開発調査 | 30件 | |||
食糧増産援助(1) | 12 | |||||
1998 | 合計 | 2304 | 合計 | 208 | 合計 | 109 |
SPL(第1次) | 500 | プロジェクト無償(5) | 28 | 研修 | 2,522人 | |
SPL(第2次) | 1000 | 草の根無償(34) | 2 | プロ技 | 27件 | |
ソーシャル・セーフティ・ネット借款 | 452 | 食糧援助(2) | 23 | 開発調査 | 24件 | |
保健・栄養セクター開発計画借款 | 352 | 食糧増産援助(1) | 15 | |||
ノン・プロジェクト無償 | 30 | |||||
1999 | 合計 | 719 | 合計 | 55 | 合計 | 101 |
ソーシャル・セーフティ・ネット調整借款 | 719 | プロジェクト無償(5) | 35 | 研修 | 3,771人 | |
草の根無償(28) | 2 | |||||
食糧援助(1) | 14 | プロ技 | 20件 | |||
緊急無償(2) | 5 | 開発調査 | 21件 | |||
2000 | 合計 | 950 | 合計 | 75 | 合計 | 101 |
プロジェクト借款(3) | 463 | プロジェクト無償(7) | 28 | |||
プロジェクト借款 | 76 | ノン・プロジェクト無償 | 25 | |||
ジャワ幹線鉄道電化・複々線化事業(フェーズ1) | 410 | 食糧増産援助(1) | 14 | |||
草の根無償(43) | 3 | |||||
緊急無償(1) | 1 |
無償資金協力を見ると、1997年度から2000年度までに実施された430億円のうち、ノン・プロジェクト無償、緊急無償、食糧援助のシェアは58パーセントであった。また、1997年度以来2000年度まで毎年ノン・プロジェクト無償、緊急無償、食糧援助のうちどれかが支出されている。
技術協力の分野では研修を受けた人数の増加を特徴として挙げることができる。1997年に日本およびインドネシアで研修を受けた人数は721人であったが、98、99年は2,522人、3,771人に増加した。しかし両年の技術協力全体の実績額は97年の水準を下回っている。また、貿易金融円滑化と輸出銀行の設立のために、中央銀行およびインドネシア輸出銀行へ専門家派遣と研修員受け入れを行った。
4.2.2 世界銀行・アジア開発銀行との役割分担
世界銀行・アジア開発銀行と日本の役割分担は、支援のタイミングと支援の内容から分析することができる。
図4-1は支援のタイミングを分析するためにインドネシアの社会経済状況の推移と各援助機関のプレスリリースをまとめたものである。日本政府は、1998年2月に「東南アジア経済安定化等のための緊急支援策」、同4月に「総合経済対策」におけるアジア支援策を発表した。それらの中でインドネシアへのコメの供与・貸し付けや医療品の供与が表明・実施された。
また、1998年7月の支援国会議から1999年3月までは世界銀行、アジア開発銀行とも支援が1件も行われない状態であったが、この時期に1,500億円のセクター・プログラム・ローンを実施した。この結果、インドネシア政府は不足した外貨や政府資金を確保できた。
インドネシア政府の政策担当者に対するインタビューでは、日本政府の実施した円借款の実施のタイミング、柔軟性の高さ、規模が当時のインドネシア経済やインドネシア政府の受け入れ能力に見合うものであり、セクター・プログラム・ローンなどの円借款で積み立てられた見返り資金によって、不足した公共投資のための資金を補うことができたとの意見を聞くことができた。
次に支援内容の役割分担を分析する。IMF、世界銀行、アジア開発銀行のインドネシアへの支援の特徴は、表4-2に示すとおりであった。IMFはインドネシア政府の要請によりスタンドバイ取決めを実施したが、その後インドネシアの社会経済の深刻さを反映して拡大信用供与に移行した。その後、政権交代により、拡大信用供与を再設定した。これら支援の金額は3ヵ国の中で最大であった。
世界銀行は金融部門改革、構造調整、社会的弱者救済のためのプログラム借款と、技術協力とプロジェクトローンを組み合わせた調査を実施した。事業の主要分野は人材育成、農業、保健である。また、インドネシア側負担分の肩代わりや、日本が実施したような、現地労働力を活用した土木工事の追加を行った。
IMF | 世界銀行 | アジア開発銀行 |
・スタンドバイ取決めの実施(3年間、49億ドル)
・スタンドバイ取決めから拡大信用供与(EFF)に変更(72億ドル、政権交代により途中キャンセル) ・拡大信用供与(EFF)の実施(50億ドル) |
・金融セクター改革や長期の構造調整策のために20億ドルの構造調整ローンを計画
・金融セクター改革のための技術協力を実施 ・これまで計画していたローン(3年間に25億ドル)の着実な実施を計画 ・実際にはいくつかの構造調整ローンは実施できず ・アジア通貨危機前から実施していた15プロジェクトのインドネシア側負担分の軽減、土木工事の追加を実施 ・Interim Country Assistance Strategy作成 |
・1998年から2000年までに構造調整融資4件(15億ドル)、インフラ開発と人的資本開発に20億ドルの支援を計画
・実際にはプログラム・ローン5件(28億ドル)実施 |
出典:調査チーム
アジア開発銀行は、1998年からの3年間でプログラム・ローン15億ドル(4件)とプロジェクトローン20億ドルの支援を計画したが、実際にはプログラム・ローン中心の支援を行い、2000年7月までにはプログラム・ローン28億ドル(5件)を実施した。これらのプログラム・ローンは、金融部門の改革や社会的弱者支援を目的としていた。
日本の支援の内容は、支援スキームから見れば世界銀行・アジア開発銀行と類似した内容であった。例えば、世界銀行・アジア開発銀行ともプログラム借款を多用した支援を行っており、また、世界銀行では現地の労働力を活用し、雇用を吸収することによって経済の安定化を図る支援を行った。しかし支援分野は異なったものであった。世界銀行のインドネシア担当者からは、世界銀行・アジア開発銀行・日本がそれぞれの得意分野(世界銀行は構造調整、アジア開発銀行は中小企業対策、日本はフレキシブルな資金の供給による雇用の確保や社会的弱者の救済)に応じた支援を行ったとの説明を受けた。
4.2.3 事業の国別援助方針における位置付け
日本のインドネシアへの援助方針は、「インドネシア国別援助方針6」に定められている。インドネシア国別援助方針は、1994年2月に派遣した経済協力総合調査団による調査と、その後の政策協議により定められた。
国別援助方針の重点分野 | 件数 | |
公平性の確保 | 貧困撲滅(貧困層の生活条件改善) | 12 |
基礎生活分野への支援(居住環境整備、保健医療) | 4 | |
人口・家族計画およびエイズ対策 | 1 | |
東部インドネシア開発(地域間格差是正) | 7* | |
人造り・教育分野 | 初等・中等教育の充実 | 1 |
(小・中学校の理数科教員を中心とする)教員の質の向上 | 2 | |
技能・技術者教育 | 3 | |
環境保全 | 森林等の自然資源・自然条件の保全 | 2 |
都市居住環境および公害面の協力 | 0 | |
環境問題全般における体制の整備 | 0 | |
産業構造の再編成に対する支援 | マクロ経済運営に対する支援 | 5 |
サポーティング・インダストリーの振興および中小企業支援 | 0 | |
農業振興 | 7 | |
産業基盤整備(経済インフラ) | 電力 | 1 |
水資源開発 | 3 | |
運輸 | 3 | |
通信 | 0 |
表4-3は、1998年度から2000年度までの円借款案件、1997年度から2000年度までの無償資金協力を、国別援助方針に記された重点分野で分類し、集計したものである。複数の目的を持つ事業は重複してカウントしている。この表を見ると、この2つの支援スキームは、東部インドネシア開発(地域間格差是正)、貧困撲滅(貧困層の生活条件改善)、農業振興などの分野に重点的に実施された。
6 タイ、フィリピンについてはこの国別援助方針よりもさらに踏み込んだ援助計画を定めた「国別援助計画」が策定されているが、インドネシアではまだ定められていない。